真空亭雑記帖
当雑記帖は、真空亭住人の見たことやら聞いたことやら読んだことやらについての感想やら評価やらをつづるところである。
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テリーギリアム『ドクター・パルナサスの鏡』
グリムブラザーズがとても残念な出来だったので、続く『ローズインタイドランド』はいまだ見ていなかったりするのだが、今回はブラジルやバロンでコンビを組んだ脚本家との久々のオリジナル作だということもあり、すわと劇場に駆けつける。『アバター』吹き替え版を見るという目的もまあありましたが。

 さて、バルト9で『アバター』を見たあとそのままピカデリーにいって席を予約(ああすっかりシネコンユーザーになってしまった)。時間に余裕があったのでディスクユニオンに行って吉田美奈子のCDなんかを買ったりしたあとに、ピカデリー再訪。客は意外に入っている。

そして鑑賞。これは確かにあのギリアムだ。見世物小屋感覚の(というかまさに見世物小屋の映画なのだが)ヴィジュアル、退屈はしないが決して軽快とはいえないまどろっこしい進行、美しくも斬新でもないが悪い夢の感覚だけは鮮明にくみとった幻想シーン、字幕なのでその面白さの半分も楽しめていないと思われるが台詞も良い(小人の「地理的には北半球、社会的には片隅、物語的には面倒な事態」とかとても素敵だ)。大予算と最新技術を駆使したアバターとはほとんど対極の世界なのだが、その映像のエネルギーはまったく負けていない。というかできればこっちのほうにたくさん客が入ってほしいぐらいのものである。結局のところ、優れた映像とはお金の産物でもなければ技術の産物でもなく、センスの産物なのであるということがよくわかる。

 では欠陥がない傑作かというと、まあこれもギリアムらしいとはいえるが、迷走している感じが多々あるのもまた否めない。予告だとまるで故ヒース・レジャーおよび三人の親友たちが演じるトニーの物語のようだが実際はタイトルどおりパルナサス博士の話で、しかし物語の構造上パルナサスはあくまで脇で苦悩するポジションから離れられず、一見、予告どおりにトニーと娘とアントンの物語のように錯覚させてしまうあたりは、かりに作り手に客に核心を見極めさせないという目的があったとしても、やっぱり終盤においての混乱を招く要因になってしまっているのは、まずい気がする。
というのも、観客のピントが合わないままだと、終盤の博士の苦悩が噴出するくだりが意味を成さなくなってしまう。「物語の力」こそがテーマのこの物語において、その「物語の力」が肝心なところで観客にヒットしないようでは、本末転倒だろう。
このあたり、徹頭徹尾一人の冒険であったブラジルや、ミュンヒハウゼン男爵を語り手という位置で常に観客から切り離さない状態を維持したまま物語を進めたバロンなんかに比べると、ヒースレジャーの死という予測不能のトラブルの影響もあったにせよ、やはりいびつなつくりといわざるを得ないと思う。

 とはいえ、パルナサス博士を演じるトラップ大佐ことクリストファー・プラマーは代表作をまた一つ増やした感じだし、ヒース・レジャーはときおり肌が肌色のジョーカーに見えてしまうところもあったが、全体としては「見えている姿がすべてではないが、どこか憎めない男」をうまく演じていて、ジュード・ロウやジョニー・デップやコリン・ファレルも悪くないのだが所詮代役で、やはり予定通り鏡の中も本人が演じていたらどうだったろうと思わせる。

 トムウェイツの悪魔は漫画だが、とても良い。歌も歌えばもっとよかったのに。
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