真空亭雑記帖
当雑記帖は、真空亭住人の見たことやら聞いたことやら読んだことやらについての感想やら評価やらをつづるところである。
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世界の重さ
フェルナンド・メイレレス『ナイロビの蜂』

 惨殺された妻とその友人の医者、その死の真相を探る過程でたちあらわれる、ナイロビ、ひいてはアフリカを蝕む、産業としての医療開発の闇、先進国がもたらす資本主義そのものの歪みと向き合うことになる外交官を描いた、ジョン・ル・カレの近作(翻訳では現時点では最新作)を『シティ・オブ・ゴッド』の監督が映画化したもの。ル・カレ作のなかでは決して傑作とはいえない(駄作ではないが、過去の傑作群に比べるとゆるい)出来映えの、それも淡々した調査と告発と痛ましい悲劇を捉えたダウナーな作品と、ブラジルの貧民街に生きる少年たちを鮮烈かつパワフルに描いた新鋭という組み合わせが、いまいちぴんとこないで、公開時は特に食指もうごかなかったのだが、妙に評判がいいので、中古DVDを買ってようやく見たわけなのだが、失敗も失敗、大失敗である。

 何が失敗かというと、これは、劇場で見るべきだった!
 
 アフリカの雄大で過酷な風景を、NHKの紀行番組のようなロングショットを多用した解像度の高い美しい映像でとらえつつ、なおかつ映画的な叙情性は失わないカメラワーク(NHKのそれはただ映像的に綺麗なだけになっていまうことがおおい)は、大スクリーンで見るのにふさわしい、というか、そのためのものでございました。ああ口惜しや。こんな気持ちになったのはスピルバーグの『AI』以来である(*1)。

 物語はル・カレの原作におおむね忠実に沿いながらも、原作のジャーナリスティックで社会告発的な要素は視覚的で感性に直接訴える要素に変換。ナイロビの子供たち(エキストラというのでもなく、たぶんドキュメンタリー撮影と同じ手法で撮られたものと思われる)の生き生きした表情と、背景のゴミの山の対比なんかが強烈な印象を残す。

 俳優もいい。アカデミー賞候補になったレイチェル・ワイズ――冒頭で殺され、本編では回想という形でしか登場しない主人公の妻――もいいが、なんといっても、主演のレイフ・ファインズが素敵だ。
 この人、けっこう個性的なルックスで、古くは『シンドラーのリスト』のSSから、最近の「大いなる赤き竜」、そして、ハリーポッターでの「名前を言ってはいけないあの人」まで、相当に癖のあるキャラを多くやっているわりに、どれも違う人物に見えるという、ロバートデニーロとは違うタイプの「カメレオン俳優」で――デニーロの場合、そのカメレオンは肥えて落ちぶれたボクサーをやってもマフィアのボスをやっても貧乏なタクシー運転手をやっても、必ず『ロバートデニーロ』という名札をぶら下げていて観客が、彼をほかの人と見誤ることは決してないけれど、この人の場合、いわれないと同一人物と気づかないかもしれないからだ――、今回の「庭いじりに余念の無い男」(小説および映画の原題)という、限りなく普通で凡庸な役回りもまた、最初からそういう男だったかのように自然に演じている。そして、そういう「ただの人」の変容ぶり、回想シーンの内向的でちょっと挙動不審な物腰から、終盤の、やつれつつも、巨大な組織と非情な運命を向こうに回してなお竦むことのない覚悟をにじませた哀切な後姿までを、フィルムは、アフリカの自然という広大で強烈な舞台に比して見劣りしない(どころか、ときには、凌駕すらする)、インパクトでもって観客にみせつけるのである。ゴルフ場での対話の場面、「雌犬」に反応したときの表情のかわりようは、見ものだ。

 脇の、ふてぶてしい面構えが素敵なケニーや意外に飛ばした性格の「嘘しかつかない情報局長」もいい味を出している。ピートポスルウェイトはその顔の憶えやすさで呼ばれたという感じだけど、わるくない。

 映画は、さまざまな要素をはらみ、ある種エンターテインメントの常道ともいえるカタルシスある展開を見せつつも、原作がそうであったように、あくまで「夫と妻の物語」として、悲劇的ながらも美しく幕を閉じる。完璧といってもいい終局である。
 
 しかしこれはやっぱりエンターテインメントとしては失敗作であるかもしれない。美しい悲劇の背後に横たわる現実があまりに重すぎるため、見終わって「ああ楽しかった」とはとてもいえない雰囲気になってしまうのだ。もちろんここに描かれたのは、「事実を元にした物語」ではないわけだけど、それに近いことは実際に行われているようだし(*2)、アフリカの人々の過酷な日常はその美しい風景と同じく現実のものなのだから。


 いい映画である、というだけでなく、エンターテインメントとはなにか、ということまで考えさせられてしまう、なかなかに手ごわい一編である。未見の人は今すぐレンタル店かDVD屋さんに走ろう。


(*1)これは、揶揄とか皮肉なんかではない。本気である。『AI』は『E.T.』なんかとはまったく性質の違う、スピルバーグのグロ趣味、対人不信、マザコン等、今まで断片的にしか出てなかった暗黒面が、リミッターなしで全面展開された傑作なのである。未見の人は見てみるがよろしい(いちど見てがっかりした人は、ET2とか感動ものを期待せずに、シュヴァンクマイエルやリンチの映画でも鑑賞する気持ちでもう一度見てごらんなさい)

(*2)そのことを実証するかのように、ナイロビではこの映画は上映禁止であったらしい。




映画と原作、見てから読んでも、とくに問題はないが、当たり前のことながら、原作のほうがアフリカの医療の実態等の説明は丁寧なので、原作を読んでからのほうが、映画の内容の理解はしやすいはず。晦渋、難解をもって知られるル・カレ作品だが、近作は基本的にどれも読みやすいので、暇があるならば、原作に先にあたるといいだろう。
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